2005年02月08日

宗教にはいる人のきもちとマイカミサマ

たった一つの宗教を信仰できる人ってどういう気持ちなんだろうか。
また、その宗教に平気で友達や顔見知りを誘う人の気持ちってなんなんだろうか。

このまえ、知り合いが言ってたんだけどね。
すっごく年の差はあるんだけど話があって本当にいい関係だった人がいたんだって。
あるとき、お茶した後に「あなたに来てもらいたいところがあるの。きっと気に入るわよ。」と言うんだって。ついて行ったら、豪勢な建物に入る羽目になってしまって帰るに帰れない。そしたら、いきなり着物の衿みたいなのを首からかけられて、「ここは私が出しておくわね!」とウィンクするんだって。本当は、いくらか金を積まないと入れない建物らしい。
この人は、これがやりたくて今まで何年間も手紙くれたり電話くれたりしたのかなぁって、その知り合いは、めちゃくちゃ悲しそうだったよ。

でね、その宗教は初めて聞いたからネットで調べてたら、キムタク夫婦も信者とかいうデータがあったりしてね。びっくりした。
調べていくと、芸能人ってのはわりあい宗教に入ってるもんだね。びっくりしたよ。

今の世の中ってさ、本だっていっぱいあるでしょ。文革みたいな世の中じゃないんだし、思想に偏るところないじゃない?それなのに、なんでたったひとつの宗教に入るんだろう?って不思議で仕方ない。
そういう意味で、芸能人って世界が狭いのかもしれないね。

私なんか、ふつーにキリスト教やら仏教やらの本読んで、ここはいいけどここはやだなと取捨選択しちゃうからね。のめりこめないよ。イエス様至上主義っぽい文言はやだけど、みんな仲良くしよーみたいなのは好きだしね。

こういうこと言うと変かもしれないけど、わたしの脳みそって昔から「カミサマ」がいてね。例えば、遅刻しそうなのに信号に引っかかってるときなんて、「それでいい」とか思えるようにしてくれんの。もし、信号に引っかからなかったら、もうひとつ先の交差点で事故に巻き込まれてたところだったよ。っふー。なんて、勝手に想像させてくれるしね。
私の中では、がんばってる子が好きでそういう子には協力してくれる神様だからね。一応、がんばったときはいいことがあるし、ふまじめだと悪いことになるわけだ。
天才柳沢教授の生活で「俺教」ということばがあって、これだなと思ったけどね。

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posted by 瑞たま at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | つれづれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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